長谷川良信師

長谷川良信師について

■真壁保育園の初代園長の長谷川良信師(淑徳大学創立者)は、得生寺の第23世住職である。

■良信師は、1890年(明治23年)10月11日、茨城県西茨城郡南山内村(現在の笠間市)に生まれ、6歳のとき、真壁郡真壁町(現在の桜川市)の得生寺、小池智誠師のもとで得度した。

■15才で真壁高等小学校をおえ、東京は芝の浄土宗立第一中学校(現在の芝中学校・高等学校)に入学、卒業後、1910年(明治43年)に宗教大学(現在の大正大学)予科に入り、2年後に本科へ入学した。このころ、渡辺海旭師に師事する。

■1915年(大正4年)、宗教大学卒業後、東京養育院(現在の東京都健康長寿医療センター)巣鴨分院(現在の東京都石神井学園)に勤務、1918年(大正7年)よりは、宗教大学社会事業研究室(主任:矢吹慶輝教授)の実施調査部として西巣鴨の「二百軒長屋」に単身移住し、学生と共に年少労働者・未就学児童の教育、相談に応じる隣保事業(セツルメント)を行った。

■これらセツルメント事業のために1919年(大正8年)、良信師は「マハヤナ学園」を創設。また、欧米への留学から帰国後の1924年(大正13年)には、マハヤナ学園内に大乗女学院(現在の淑徳巣鴨高等学校)を創設した。

■1932年(昭和7年)、良信師はこの伝統の中で得生寺境内に「隣保館」、「真壁保育園幼稚部」を設立し、大乗仏教精神に基く青少年教育、社会福祉事業を推進した。同年、得生寺第23世住職となる。このころ、茨城県私設社会事業連盟を結成。

■1944(昭和19年)、淑徳高等学校の第8代校長に就任。

■第二次世界大戦後、大乗淑徳学園を創設。

■1954年(昭和29年)11月、ブラジル・サンパウロ市ジャバクワラに「南米浄土宗教団」を設立

■1957年(昭和32年)7月、ブラジル・サンパウロ市イタケーラ区に浄土宗南米別院日伯寺を建設

■1958年(昭和33年)、ブラジル・日伯寺で精神薄弱児治療教育部・養護教育部(現在の社会福祉法人「こどものその」)が発足。開教活動の一環としてブラジルで初めての知的障害児教育を開始。

■1965年(昭和40年)、淑徳大学を設立。初代学長となる。

■1966年(昭和41年)8月4日、遷化(世寿75歳)。

■1978年(昭和53年)7月8日、大僧正を追贈さる。